連続短編小説 1章

「何か飲むかい?」

うたた寝していた所、老人の声で目を覚ました。

前後の脈絡はなく頭は混乱していた。ここはどこなのかもわからない。見たところ、どこかの小屋のような建物の中だった。薪ストーブが轟々と音を立てて燃え、炎が太いむき出しの柱と、僕の座っている安楽椅子を静かに揺らしていた。老人は厚手のウールの深緑のセーターに、濃いグレーの英国風のトラウザー、よく見ると生成色のシャツを中に着ていた。

「コーヒーか?紅茶か?」

「あ、じゃああなたと同じものを」

老人が続ける中、反射的に答えた。

「おっと、それは礼儀かい?それとも規律かい?」

老人は親しい友人をからかうように言った。

「何はともあれ、ここでは君のしたいようにするのが決まりだ。それがここでのマナーでありルールだ。ちなみに私はコーヒーを頂くよ」

「それでは紅茶を貰います。アールグレイはありますか?それに砂糖とミルクを付けてください」

「さっそく調子が出てきたようだね。アールグレイも砂糖もミルクもある。ここには何でもあるんだ。」

老人は僕の押し付けがましいとも取れる注文を大層嬉しそうに聞いた。だけど、驚くようなことではないのかもしれない。ここではそう振る舞うべきなのだから。

 

紅茶を待ちながら家の中を眺めていると少しだけ頭がクリアになってきたのを感じた。少し迷ったが、簡易的なキッチンに立つ老人の背中に、疑問のいくつかを投げかけることにした。

「すいません。ここは一体どこなんでしょうか?どこかの山小屋のように見えますが。あなたはなんだかとても暖かそうな格好をしているし、もしかして今は冬なのかもしれない。というより、なんで僕はここに?」

老人はコーヒー豆をたっぷり入れたペーパードリップと、ティーパックを入れた大きい白いカップにゆっくりと焦らすように熱い湯を注ぎ終わってから、口を開いた。

「質問が多いね。君は好奇心が旺盛な学者肌なのかな。一つずつ君の疑問に答えていこう。まずここはどこかの山小屋ということで間違いがないだろう。そして僕が暖かな羊毛を着ていることこら察したように季節は冬のようだ、薪ストーブもついてるしね。凍てつく山荘で暖炉を囲む初老人と若者の男2人、なんだか滑稽でいいじゃないか。」

僕は老人が質問のほとんどになにも答えていないことを気にしながら、彼の話を聞いていた。彼の話し方はなにやら人に説明することに慣れている印象を受けた。腕の良い教師か有能なセールスマンか、初老と自分で言っていたことからまだ退職するような年齢ではないのかもしれない。僕はその有能な彼が、唯一触れてすらいない質問についてだけもう一度尋ねてみることにした。

「なるほど、ではなぜ僕はここに?」

彼は自分のコーヒーと僕の紅茶を持って僕の前のテーブルに置いた。そして台所に戻りパックの牛乳とガラスの容器に入った砂糖を持って僕の前に座り、コーヒーをブラックのままひとすすりして一呼吸置いて答えた。

「なぜか、そこなんだよ。」

はて、僕はなにか難しいことを聞いてしまったのだろうか。

「君がここにいる必然性については答えることができない。というより君は自分の行動の必然性を説明できた試しがあるかい?」

「ちょっと話についていけてないです。じゃあ必然性の話ではなくて、ここにいる理由とか、もう少し柔らかく意味みたいなもののは尋ねることができますか?」

「なかなか要領がいいね。君がここにいるのは君がそれを欲したからだ。穏やかな環境と良い話相手をね。この山荘だったのはちょっとしたタイミングだね。」

話しているうちになんだか馬鹿らしくなってきた。ただ彼と話しているうちに僕が抱いていた疑問はたいして重要なことじゃないような気がしてきたから不思議だ。まるで狐に言いくるめられたようだった。

「まあ聞いてもあんまり分からないよ。慣れるしかない。慣れたら分かってくるよ。」

嫌でもね。老人はぼやいた。